防止策を講じていた企業で発生したパワハラ事案で、安全配慮義務違反が否定されたケース

人事労務
小笠原 耕司弁護士 小笠原六川国際総合法律事務所

 Aは、部下であるBが社内規程に反する不適切な行為を繰り返していたため、注意したが、Bが口答えをしたため、声を荒げて、Bに対する人格的非難をし、パワハラに及んでしまった。AおよびBの勤める会社が、Aなどの管理職従業員に対してパワハラ防止の研修を行い、パワハラに関する相談窓口を設け、パワハラ防止の注意喚起を日頃していた場合、本件において会社の安全配慮義務違反は認められるのでしょうか。

 安全配慮義務違反に当たるか否かは、労働者の健康を害する予測ができたかどうか(予見可能性)、および会社が労働者の健康を害することの回避策はあったかどうか、その回避策を怠ったかどうか(結果回避性)に基づいて判断されます。

 本件において、Aの行為がパワハラに当たるとしても、①会社においてパワハラを防止する施策が講じられており、②パワハラ被害を救済するための従業員からの相談対応の体制が整えられていたのであれば、会社が労働者の健康を害することの回避策を怠っていたとはいえず、安全配慮義務違反は認められないと考えられます。

解説

目次

  1. 問題の背景事情
  2. 関連判例
  3. 論点解説

問題の背景事情

 パワーハラスメントに関する法的責任としては、①加害者の不法行為責任(民法709条)、②企業の使用者責任(加害者の雇い主としての責任。民法715条)、および③企業の安全配慮義務違反、職場環境配慮義務違反(債務不履行責任、民法415条)があります。

 安全配慮義務とは、従業員が安心して働けるために必要な企業側の義務です。労働契約法5条には、企業が労働者に対して負担する「労働者が安全と健康を確保しつつ就業するために必要な配慮をする義務」と明記されています。

 会社の労働者が他の労働者に対してパワハラを行ったとき、当該パワハラはどのような場合に、不法行為に当たり、会社は、どのような場合に安全配慮義務違反の責任を負うのでしょうか。

関連判例

判例
関西ケーズ電気事件(大津地判平成30年5月24日経速2354号18頁)

[事案の概要]
販売やレジ業務を担当していたVは、社内規程や取扱いに反する行為や禁止されていた処理を繰り返していた。Vの上司であるA店長は、当該行為につきVに、顛末書や始末書のような性質を有するものではない注意書を書かせたり、Aによる注意にVが口答えしたことに対し声を荒げてVを叱責したりした。
その後も社内規程に反するVの行動が続いたため、被告会社Yは、Vを販売・レジ業務に関わらない業務に配置変更するよう指示した。しかし、適当な配置換え先がなく、特異で過重な内容の業務であった競合店舗の価格調査業務及びプライス票の作成業務への配置変更をVに打診したところ、同人は難色を示した。そして、配置変更に伴い、シフト変更を行ったところ、Vの勤務シフトについては、Vの希望は土日勤務であったが、日曜日を休日にするシフトに変更された。
配置変更及び勤務シフトの変更に不満を持ったVは、Aとの話し合いの翌朝、自宅で自殺した。Vの夫及び子が、Aの一連のパワハラによりVが自殺したとして、A及びYに対し、連帯して約3,500万円の損害賠償を請求した。

[裁判所の判断]
AがXに本件配置換えについての意向を打診した際に説明した価格調査業務の内容は、極めて特異な内容のものであり、たとえ、Aに、Vに対して積極的に嫌がらせをし、あるいは、本店店舗を辞めさせる意図まではなかったとしても、本件配置変更の結果、Vに対して過重な内容の業務を強いることになり、この業務に強い忌避感を示すVに強い精神的苦痛を与えることになるとの認識に欠けるところはなかったというべきである。Aによる本件配置変更の指示は、Vに対し、業務の適正な範囲を超えた過重なものであって、強い精神的苦痛を与える業務に従事することを求める行為であるという意味で、不法行為に該当すると評価するのが相当であるから、Vに対するAの行為のうち、本件配置変更の指示については、Vに対する不法行為を構成すると判断し、A及びY社に対し、連帯して110万円の支払いを命じた。
次に、Y社においては、A等の管理職従業員に対してパワハラの防止についての研修を行っていること、パワハラに関する相談窓口を人事部及び労働組合に設置した上でこれを周知するなど、パワハラ防止の啓蒙活動、注意喚起を行っていることが認められるし、本件においても、VはAからの本件配置換え指示について、パワハラに関する相談窓口となっているY社労働組合の書記長に対して相談したところ、書記長は、これを受けて部長に対して本件配置換えを実行させないように指示されたいとの連絡をしているのであって、Y社における相談窓口が実質的に機能していたことも認められるから、Y社としては、パワハラを防止するための施策を講じるとともに、パワハラ被害を救済するための従業員からの相談対応の体制も整えていたと認めるのが相当であるから、Y社の職場環境配慮義務違反を認めることはできないと判断した。

論点解説

(1)パワハラの不法行為該当性

 加害者によるパワハラが民法上の不法行為に当たる場合、加害者を雇用する使用者は使用者責任を問われることになります。

 加害者のパワハラが不法行為に該当するかの基準については、『パワーハラスメントといわれるものが不法行為を構成するためには、質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。したがって、パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等を総合考慮の上、「企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地からみて、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為」をしたと評価される場合に限り、被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。』と詳細に述べた判例(東京地判平成24年3月9日)があります。

(2)安全配慮義務違反の主張と本件判決

 パワハラを受けた従業員が会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求する場合、パワハラを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等から職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為にあたることを具体的に主張・立証することになります。

 これに対し、企業は、労働者の健康を害する予測ができたかどうか(予見可能性)、および会社が労働者の健康を害することの回避策はあったかどうか、その回避策を怠ったかどうか(結果回避性)について主張・立証していくことになります。

 本判決は、会社の使用者責任を肯定しましたが、Y社における相談窓口が実質的に機能していたことやパワハラを防止するための施策が講じられていたことを理由にパワハラ体制に関する安全配慮義務違反を否定しました。

ワンポイントアドバイス
 職場におけるパワハラにより、訴訟等に発展した場合、取引先等から「コンプライアンス(法令遵守)のできていない会社」と見られ、今後取引が打ち切られたり、職場環境が劣悪であるとの評判が立ち、採用活動において不利になるといったリスクも考えられます。

 企業が安全配慮義務違反を免れるか否かということは、企業のその後のレピュテーションにも影響が及びうるものであり、企業としては当該リスクを考慮し、「職場におけるハラスメント関係指針」も踏まえて、従業員を対象にしたパワハラを含む各種ハラスメントについての研修の実施、適切な相談窓口の設置等の体制の整備を検討する必要があります。

※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第3版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2020年)の内容を転載したものです。

この実務Q&Aを見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する