2020年の良書発掘、弁護士3人はこう読んだ 弁護士が推薦、いま読むべき法律書とリーガルリサーチの心構え(後編)
法務部
法務業務にあたるうえでの知識の礎となる書籍によるリサーチ。法律書籍・雑誌のサブスクリプションサービスをはじめ新たな情報収集の手段も登場するなか、最新動向へのキャッチアップや知見の蓄積により自社ビジネスに貢献するために、法務担当者はどのようにリサーチへ取り組むべきでしょうか。
今回はいずれも法律書籍によるリサーチに一家言を持つ3名の弁護士の方々による、おすすめの書籍やリサーチ業務の心構えに関する鼎談を実施 1。後編では2020年に読んだおすすめ書籍や、書籍の選定基準、リサーチ結果の活用方法などを語っています。
- STORIA法律事務所東京オフィス 杉浦 健二弁護士
- かなめ総合法律事務所 岩﨑 祥大弁護士
- 森・濱田松本法律事務所 宇賀神 崇弁護士
3人の弁護士が選ぶ、2020年に読んだおすすめ書籍
続いて、今年読んで良かった法律書籍を教えてください。
杉浦弁護士:
悩みながら3冊を選びました。1冊目は中村直人/山田和彦・著『弁護士になった「その先」のこと。』です。もともと中村・角田・松本法律事務所の新人研修のためにまとめられた内容がベースとなって書籍化されています。
この本には、ヒヤリハットの事例や仕事の段取りの立て方・進め方、案件の受任方法などが具体的にまとめられています。うちの事務所では本書を読みながら、パートナーがアソシエイトに実体験を共有していく輪読会を行おうと思っています。
岩﨑弁護士:
私も参加したいです(笑)。
杉浦弁護士:
コロナ下で特に困ったのが教育面です。直接話せる機会が減ったために、今までのOJT中心の教育が難しくなりました。オンラインの画面越しで事務所のマインドやミッションを共有するうえでも、この本は最高の教科書になると思っています。
事務所内でのマインドの共有に書籍を活用するのは面白い取り組みですね。2冊目はどのような書籍でしょうか。
杉浦弁護士:
2冊目は明司雅宏・著『希望の法務――法的三段論法を超えて』です。これは、サントリーホールディングスの法務部 部長である明司さんが書かれています。
今日は「法務のリサーチ」をテーマに話していますが、ともすれば弁護士を含む法務担当者は、相談を受けた内容に対して、無難な範囲だけを答えるような働き方に陥りがちです。「自分はあのときちゃんと警告してましたよ」と、法務側が後日に備えてアリバイを残すために仕事をしているのではないかと感じるような場面に出会うこともあります。
この本は、そもそも法務がいるのは企業の価値向上のため、弁護士であれば依頼企業の価値最大化のためだという基本的な考えに立ち戻らせてくれる良書だと思います。キーワードは「主体性」で、案件や相談事項を自分事として考える重要性を説いてくれています。
こちらの本も法務部門内で働き方やビジョンを確認しあうのにも活用できそうですね。3冊目はいかがでしょうか。
杉浦弁護士:
中山信弘・著『著作権法 第3版』です。まず「憂鬱の霧は、晴れるか」という帯にシビれます(笑)。著作権法は近年、大きな改正が続いています。私はウェブサービスを中心としたIT関連のビジネス案件を扱うことが多いのですが、正直、どれだけ改正が頻繁になされても、現実のビジネスのスピードには追いつけません。そのため、法律にも判例にも答えがない問題に行きあたることがたくさんあります。
未知の領域が多いなかでは、案件において小手先での回答はできません。自分の基礎となる、考え方の背骨のようなものが必要となります。そうした考え方の幹をつくるためにも、『著作権法 第3版』のような基本書を読むことは実務家にとっても不可欠であると考えています。分厚い基本書ではありますが、まずは本書の序章の部分だけでもぜひ読んでみていただきたいです。
ありがとうございます。宇賀神先生が今年読んだなかでおすすめの書籍はいかがでしょうか。
宇賀神弁護士:
君和田 伸仁先生が労働者側から労働法の実務を解説した君和田伸仁・著『労働法実務 労働者側の実践知〔Lawyers Knowledge〕』が今年読んだ良書でした。労働者側で人事労務の事件を長く扱う君和田先生の実務経験がすべて詰まっています。特に弁護士がはじめて労働訴訟や労働審判を担当する際には参考になりますし、法務担当者の方は、外部の法律事務所へ依頼するにあたり、労働系弁護士の思考法が理解できると思います。
実務経験が詰まっているのがポイントですね。
宇賀神弁護士:
はい。法令や判例を解説した書籍は多いですが、実務の定石や、失敗例をふくめた経験談が詰まっている本はなかなかなく貴重です。
岩﨑先生は今年読んだなかでどのような書籍がおすすめですか。
岩﨑弁護士:
日常的にずっと読んでおり、今後も読み続ける本として、塩野誠/宮下和昌・著『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』とそのM&A契約書式編 2 があります。企業法務の地力を鍛えるために、これほど良い本はないと思います。
この本は著者の宮下先生が自らYouTubeで解説音声も載せています。この動画は事例にもとづいた実務的な話も多く、見るたびに新しい発見があるので、書籍とセットでおすすめです。これから修習を受けるような若手の方も、この本と動画で学べば頭一つ抜き出た若手になれると思います。そのほか今年はじめて読んだ本では先ほども紹介した労務行政研究所・編『新版 新・労働法実務相談(第3版)職場トラブル解決のためのQ&A』がおすすめですね。
書籍の選定基準はスペック・評判・「著者の気合い」
ここまでテーマごとにおすすめの書籍をあげていただきましたが、書籍を選ぶ際はどのような観点で判断しますか。
岩﨑弁護士:
私は特に「誰が書いているか」を見ますね。その分野に強い法律事務所が出している本であれば、信頼に足るものと推定できます。また同業者が褒めている本も、基本的に良い本だろうと考えて買うようにしています。
あとは、「著者の気合いが入っていそうかどうか」ですね。たとえば新しい切り口の本は、参照できる本がなく執筆が難しいので、基本的に気合いを入れてまとめられています。最近では、TMI総合法律事務所・編 大井哲也/中山茂/和藤誠治/野呂 悠登・編集代表『起業の法務――新規ビジネス設計のケースメソッド』などがそれにあたります。
宇賀神弁護士:
「書籍を選ぶ目的は何か」を意識することも、前提として重要です。ある分野について1から勉強したいのか、特定の条文の解釈が知りたいのか、もしくは理論的なことではなく実務的な対応方法を知りたいのかで、選ぶ本は異なるでしょう。
また一般論ですが、いくつかの書籍から選定するうえでは発刊が新しいもののほうが良いでしょう。また索引がついているかも使いやすさの点で重要だと思います。
杉浦弁護士:
みなさんの意見に賛成です。あとは書評も参考にしますね。特に純粋に良いものを届けたい気持ちが伝わってくる書評ブログが薦める本は信頼できます。岩﨑先生が運営されている「法律書INFO」も参考になります。
岩﨑弁護士:
ありがとうございます。法律書INFOは、一番知りたい同業者の書評が集まれば良いなと思って運営しています。ぜひこの記事の読者の方々にも投稿していただけると嬉しいです。
書籍で得た知識は、持続可能な方法で一元化
書籍から得た情報についてはどのように整理し、また業務に落とし込んでいますか。
宇賀神弁護士:
私は新人時代に加藤 新太郎先生のセミナーで聞いた「フローをストックにする」という話を参考にしています。日々の業務を右から左に流すのではなく、せき止めてストックすることで、自然とデータベースができるという考え方です。
具体的な実践方法としては、リサーチした文献や判例を可能な限りPDF化し、分野ごとにフォルダに格納しています。面倒ではありますが、保存されたテーマが問題になった際は、回答時間を大幅に短縮できます。すべての法分野で実践するのは大変なので、自分が専門性を築きたい分野に限って行うのが良いと思います。
杉浦弁護士:
宇賀神先生がおっしゃったデータベース化・ストック化は、極めて大事だと思います。私の場合は、すべてiPadに入っており、主にNotabilityとGoodNotesという2つのアプリで管理しています。たとえばリサーチ文献や勉強会の資料などは、すべてOCR化して保存しています。
また紙の雑誌は届いてすぐに、緊急性や必要性が高いテーマのページに付箋を貼ります。そのなかでもいますぐ必要な情報はその場で読んでPDF化し、あとで読むものは、積読用の付箋をつけています。それ以外は目次を読んで、頭の中にとっかかりだけつくり、「あんな記事があったな」と後で思い出せるように努めています。
蓄積された情報はどのように分類、管理していますか。
杉浦弁護士:
データベースとして、タイトルや中身を検索した際に引っかかってくれれば良いので、フォルダわけや粒度は気にせず管理しています。「何かあってもiPadのなかを検索すれば大丈夫」と思える情報源を持ち歩けるのは、すごい安心感です。
岩﨑弁護士:
私も同じ方法を試みたんですけど、個人的にはそこまで深いリサーチが必要な業務が多くないこともあり、いまはGoogle スプレッドシートにまとめています。相談されたことや新しく知った知識を、Q&A形式として、参照した書籍のページ数などとともに記入します。
情報のストックは言うは易しで、やるのは大変です。試してみながら「これならなんとか続けられる」という方法を見つけるのが良いと思います。最初から頑張って、高い目標を掲げてしまうと、結局、やらなくなってしまいますから。
杉浦弁護士:
私も、雑誌をすべて精読しているかといえば、もちろんそんなことはありません。ただ、雑誌が届いたら、どれだけ疲れていても、目次だけはみて付箋をつけることを習慣化しています。どれだけ習慣に落とせるかも情報管理の肝だと思います。
3人の弁護士が語るリサーチへ取り組む心構え
ここまでおすすめの書籍を含め、様々なリサーチのノウハウを紹介いただきました。最後に、リーガルリサーチを行う方々へむけ、心構えなどのメッセージをいただけますか。
岩﨑弁護士:
法律書籍の通読やリサーチは大変だと思います。私たち弁護士も実際のところ、悪戦苦闘しながら日々なんとかやっています。メッセージは、「大変だと思いますが一緒に頑張りましょう」ということですね(笑)。
宇賀神弁護士:
具体的な書籍や方法論について話してきましたので、ここでは総論的な心構えを2つお話しできればと思います。
1つ目は、リサーチは日々の研鑽が重要だということです。頭の片隅で、どうすれば必要な情報にたどり着けるかを意識しながら生活していると、リサーチ方法のアイデアがポッと出てくることがあります。リサーチは調査に取り組むタイミングだけではなく、日々アンテナを張っておくことが大切だと思います。
2つ目は、必要な情報を合理的な時間内に収集できるリサーチ方法は必ず存在すると強く信じる気持ちを持つことです。岩﨑先生がおっしゃるようにリサーチは大変ですが、必要な情報には必ずアクセスできますし、湯水のごとく時間をかけなければ入手できないわけではないと思います。あくまで信念ですが、こうした気持ちも持ちながら、常にアンテナを張ることで、リサーチが上達していくと思います。
杉浦弁護士:
お二人がおっしゃったとおり、弁護士か法務かを問わず、リーガルの仕事は本当に大変です。とりわけ私は社会人退職後から勉強をはじめたので、最初は外国語を読んでいるような気持ちでした。重いギアで自転車を漕いでいるように、なかなか先に進まないんですよね。ただ、それでも頑張って漕ぎ続けていると、だんだん車輪が回転しはじめて楽になってくる。要は継続していれば必ず楽になると。
好循環に至るまで継続するためのコツはありますか。
杉浦弁護士:
自分の旗印、すなわち得意としたい領域を決めるのが良いと思います。特定の法分野でも特定の業界でも、情報に触れるたびに絶対に吸収すると決めた特定の領域を、1つで良いから持っておく。宇賀神先生がおっしゃったとおり、その特定の領域だけはフローをすべてストックに変えて、事務所内、同期、ひいてはあらゆる弁護士のなかで自分が一番知っていると自信を持って言えるよう取り組む気概でやることがポイントだと思います。
最初はしんどいですが、継続により時間を味方につけることで、膨大なデータベースが頭のなかにできてきます。私もまだ道半ばですが、そうした分野を持てるよう取り組んでいます。
注力分野を1つ定める取り組み方は、リーガルリサーチ以外の業務にも応用できそうですね。皆さんのメッセージでは、リサーチ業務は大変だという前提のもと、どのような考えを持って取り組むかが大事だというお話が共通しているように感じました。
宇賀神弁護士:
法律事務所で働く弁護士であれば、一度で良いので「このマターについて、おおよそすべての本は見た」と確信できるようなリサーチをすると、勘所がつかめると思います。
杉浦弁護士:
自分が「このリサーチは本当に頑張った」と思える経験をすると、仕事をするうえで自信を持てる核にもなりますし、その自信や経験は、ほかの業務においても応用が利くようになると思います。
本日はありがとうございました。
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