パーソルホールディングスのコンプライアンスは「心に訴えかける」活動
危機管理・内部統制
目次
パーソルのコンプライアンス活動の特徴
本稿のテーマは、自発的にコンプライアンスに取り組む企業風土(「ジブンゴトの企業風土」)をどうやって創るのかです。今回は、コンプライアンス活動における企業風土づくりの一例として、パーソルホールディングス株式会社(以下「パーソル」)の取り組みについて、同社グループGRC本部 GRC部 リスク・コンプライアンス室の沼田優子さん、上司のSさん、同社グループコミニケーション本部 広報室の山本千里さんに聞きました。
後編では、パーソルのコンプライアンス活動の特徴である「感情に訴えかけること」とインナーブランディングについて見てみましょう。
2006年弁護⼠登録。⼤⼿国際海運会社にインハウスローヤーとして出向し、法務・コンプライアンス機能強化プロジェクトに従事した経験を基に、組織論やマーケティングの視点を取り⼊れた企業コンプライアンスプログラム(企業不祥事予防策)を提供している。
感情に訴えかけるコンプライアンス活動
前回ご紹介したように、パーソルのコンプライアンス活動は「はたらいて、笑おう。」というグループビジョン=ブランド理念にコンプライアンスを深くリンクさせ、コンプライアンスとグループビジョンの関係性をグループ内に発信し続けることで「ヒトゴト」になりがちなコンプライアンスを「ジブンゴト」にしています。
グループビジョンの実現につなげるコンプライアンス活動は、その進め方もユニークです。
そう語る沼田さんは、広告分野やクリエイティブ分野の手法を独自に研究し 1、時には山本さんや広報室の力を借りて「心に訴える」研修の手法を追求しているといいます。
もともと私は部門横断的なプロジェクトに参加することが多かったというのもありますが、弊社ではコンプライアンス部門を含め、部門間の連携は日常的に行われています。(Sさん)
先ほどご紹介した経営陣の生の声を盛り込むことは、心に訴える研修のための工夫例でもあります。また、コンプライアンス研修にはコンプライアンス推進のためのオリジナルキャラクターが登場します。こうした印象に残りやすい工夫も「感情に訴えかける」ためのものだといえるでしょう。
パーソルでは研修資料の書き方についても、「感情に訴えかける」工夫が随所になされています。たとえば、一般的なコンプライアンス研修の資料に比べて、意図的に文字数を抑え、メッセージが際立つように工夫がされていたり、パーソルにとってコンプライアンスとは何なのか、「はたらいて、笑おう。」とどのような関係があるのかなど、「なぜ、コンプライアンスが必要なのか」を自分たちの言葉で丁寧に語ることが意識されています。
そして、何よりも特徴的なのは、コンプライアンス担当部門がとても前向きに仕事に取り組んでいる点です。
コンプライアンスが、“ただしい” から “たのしい” になるといいと思っています。(沼田さん)
法令とリスクの情報詰め込み式のコンプライアンス活動を展開する企業が多い中で、「心を動かす」ことや「前向きな姿勢」が大切と言い切ることができる。これがパーソルの取り組みの二つ目の特徴だといえそうです。
インナーブランディングとコンプライアンス活動
インナーブランディングとは
パーソルにおける「感情に訴えかける」コンプライアンス活動は、ブランディングにおける「インナーブランディング」の手法に通じるものがあります。
ブランディングは自分たちが顧客や社会に提供する価値である「ブランド理念」を定めるところから始まると前回お話ししました。ブランド理念が定まったら、次はいよいよそのブランド理念を社内外に発信していきます。
このうち、特に社内に向けた発信活動をインナーブランディングと呼びます。インナーブランディングは、一言でいえば「ブランド(理念)の体現者」を社内に増やしていく活動です。それぞれの企業活動をブランド理念の実現という共通の目標のもとにまとめ上げていく活動といってもいいでしょう。
これまで、ブランディングといえば顧客に自社のブランド、製品やサービスを知ってもらう「アウターブランディング」が中心でした。しかし、単純なモノの所有を目的とする「モノ消費」から、体験や経験に価値を見出す「コト消費」に消費の流れが変わると、商品やサービスの提供に携わる人びともブランドの重要な一部になってきました 2。
社内に「ブランドの体現者」が増えれば、アウターブランディングはもっと強力で顧客を惹きつけるものになります。こうしたことから、「ブランドの体現者」を増やす活動であるインナーブランディングが注目されるようになってきたのです。
インナーブランディングとしての「感情に訴えかける」コンプライアンス活動
インナーブランディングにおいて大切なのは、ブランド理念が目指す「今よりも、ちょっといい世界」について、企業で働く人びとから多くの共感を集めることです。そのためには、理屈で相手を説き伏せたり、罰則で相手を服従させるのではなく、感情に訴えかけ、共感を促し鼓舞するアプローチが有効です。
そして、コンプライアンス活動をインナーブランディングに合流させる最大のメリットは、「自発的なコンプライアンス活動」「前向きなコンプライアンス活動」といった、法律中心の従来型コンプライアンス分野では取り扱いが難しかった課題について、広報部門をはじめとする他部門のノウハウを使ったり、協働を促すことができる点にあります。
パーソルにおける「感情に訴えかける」コンプライアンス活動は、こうしたインナーブランディングの手法に通じるものがあります。これは特に、パーソルのコンプライアンス活動が「はたらいて、笑おう。」と地続きであることの自発的な気づきや共感、前向きな取り組みを重視している点に表れています。こう考えると、コンプライアンス活動にブランディングと親和性の高い広報やクリエイティブ分野のノウハウが用いられている点も自然な流れのように思われます。
また、コンプライアンスについて語る沼田さん、山本さん、Sさんが終始笑顔で楽しそうだったこともコンプライアンスの世界では珍しいことだと感じました。コンプライアンス活動という企業活動を通じて、それぞれが「はたらいて、笑おう。」の体現者となっていることは、まさにインナーブランディングの効果そのものでしょう。
今回の取材では、一般の従業員の方の声を聴くことはできませんでしたが、このような取り組みの結果、多くの方が「はたらいて、笑おう。」実現のためのコンプライアンスに共感し、前向きに取り組み「ジブンゴトの企業風土」が醸成されているであろうことは想像に難くありません。
おわりに
以上、全2回にわたってパーソルのコンプライアンス活動を紹介しながら、コンプライアンスとブランディングの親和性についてお話をしてきました。自分たちが大切にしたい価値観を出発点として、人の感情に訴えかける活動を行うことが、ジブンゴトの組織風土を創るのには有効です。
ESG/ SDGs経営、パーパス経営などの流れもあり、人間にとって「高次の価値」の実現を目指す企業が増えてきました。これは、コンプライアンスにおける「ジブンゴトの企業風土」を目指す企業にとって、またとない好機です。新しいコンプライアンスのカタチを模索する皆さんに、本稿がお役に立てば幸いです。

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