英文契約書の読み方・直し方 専門家による類型別の条項解説
第2回 英文秘密保持契約(NDA)のポイント 条項サンプル付き
取引・契約・債権回収
目次
秘密保持契約(NDA)とは?
企業間の取引においては、実際に取引を開始する前に、当該取引の目的や期間をはじめとするさまざまな条件について、一定期間の協議を経たうえで合意をするのが一般的です。本連載でも次回以降にご紹介する売買取引やライセンス、M&Aなど、企業間の取引は多岐にわたりますが、これらの取引を検討する初期的な段階においては、取引の当事者となる企業は、当該取引に関するそれぞれの情報を提供し、当該企業間取引の実行可能性や取引条件を検討することとなります。
このような企業間取引の協議・交渉で提供・交換される情報には、企業の機密情報や重要な非公開情報が含まれていることが少なくありません。たとえば、売買やライセンスの対象となる製品や技術に関する情報、事業計画・予算や新規事業の構想に関する情報、顧客情報やマーケティングのノウハウに関する情報、研究開発に関する情報等があります。企業間取引の協議・交渉を行うために必要な情報を開示するとはいっても、情報の開示を行う当事者としては、開示を受けた相手方が情報を当該協議・交渉以外の目的に使用したり、第三者に開示・漏洩したりすることを防ぐ必要があります。
開示された情報を受領者が第三者に開示しないことを担保する一般的な方法として、秘密保持契約(“Non-Disclosure Agreement”(NDA))と呼ばれる、法的拘束力のある契約が締結されます。情報の開示は、企業間取引の協議・交渉の重要な第一歩であることから、企業の法務担当者の皆様におかれては、日々の業務の中で最も頻繁に検討・レビューの機会がある契約といえるかもしれません。
このため、秘密保持契約の「標準的な」ひな形やテンプレートも多く存在しますが、取引の特性や自社の立場も踏まえて検討をしないと、思わぬ落とし穴に陥るリスクもあります。
本稿では、秘密保持契約の全体像を概観したうえで、特に英文契約書が登場するクロスボーダー取引において、秘密保持契約の検討・レビューの際に留意すべきポイントをご紹介したいと思います。
秘密保持契約の全体像
秘密保持契約の一般的な構造は以下のとおりです。
- 契約の目的
- 当事者
- 秘密情報の定義・内容
- 秘密保持義務と例外
- 目的外使用の禁止
- 契約期間と解除
- 秘密情報の破棄・返還
- 一般条項
秘密保持契約の当事者は、情報を開示する者(「開示者(“Disclosing Party”)」)と受領する者(「受領者(“Receiving Party”)」)から成り、受領者は開示された情報について、秘密を保持しまたは目的外使用をしない法的な義務を負います。この秘密保持義務があることで、たとえば、開示者は受領者の秘密保持義務違反について損害賠償請求等の責任追及が可能となることから、開示者としても、秘密情報が受領者から漏洩等されるリスクを低減することができるといえます。
このように、秘密保持契約は、秘密保持義務により、企業が保有しているさまざまな機密情報や非公開の重要情報を保護し、契約当事者間の信頼関係の下でこれらの重要な情報を企業間取引の検討や交渉・協議のために開示することを目的としています。秘密保持契約は、一般的には、英文契約書としては分量も数頁と短く、比較的シンプルな契約類型といえますが、企業間取引の協議・交渉等で自社の情報を開示する場合には、これに先立って秘密保持契約を締結することが肝要です 1。
この点、企業間のコミュニケーションにおいて、秘密情報が一方的に開示されることもあれば、相互に開示されることもあります。このため、秘密保持契約には、契約当事者が相互に秘密保持義務を負う双務契約と、契約当事者の一方のみが受領者となり開示者に対して秘密保持義務を負う片務契約とがあり得ます。
したがって、秘密保持契約を検討する際には、秘密情報を開示する側か、受領する側か、また、双務契約であったとしても、自社と相手方当事者とでいずれが質的・量的に重要な秘密情報を開示するかという視点がポイントとなります。
秘密保持契約の主要条項とポイント
秘密情報の定義・内容
(1)条項の参考例:秘密情報の定義
(2)ポイント
秘密保持契約において、「秘密情報」(“Confidential Information”)の定義は重要な要素の1つといえます。秘密情報は秘密保持義務の対象となるため、開示者としては、開示した自社の重要な情報が受領者によって想定外の第三者に漏洩されたり、特定の目的以外の方法で使用されたりしないよう、秘密保持義務により保護される情報(=「秘密情報」)の範囲をできるだけ広くしたいと考えるでしょう。一方、秘密保持義務を負う受領者としては、秘密情報とそれ以外の情報とが明確に区別されているのが望ましいといえます 2。
秘密情報の定義を検討する際には、このような開示者と受領者それぞれの視点を踏まえつつ、以下のようなポイントを考慮する必要があります。
- 秘密情報は、契約およびその目的に関連するものといった、開示される情報の性質・内容で決定されるか(または「秘密(Confidential)」等と明示されている情報に限定されるか)
- 口頭で伝達される情報は秘密情報に含まれるか
- 契約で合意された特定の目的のために開示される情報に限定されているか(それとも開示者から受領するすべての情報が秘密情報になり得るか)
- 受領者が作成した、秘密情報を含む情報または秘密情報から派生した情報も対象とするか など
また、特に機密性の高い取引においては、秘密保持契約の存在や潜在的な取引に関連する両当事者の協議・交渉の存在そのものについても、当事者の想定しないタイミングで第三者が知ることになれば、いずれかの当事者が不利益を被ったり、取引の協議・交渉自体が中止になったりするリスクがあります。
このため、秘密情報の定義では、上記の参考例のように、秘密保持契約の存在や情報開示の目的である当事者間の協議・交渉の存在自体を開示することも禁止されるか(すなわち、これらの情報自体が秘密情報の一部とみなされているか)も確認することが重要です。
一方で、秘密情報の例外として、情報の性質も考慮して、一般的には以下のような情報が除外されます。
- 既に公知の情報
- 受領者が既に適法に所有または知っていた情報
- 開示者に対して守秘義務を負わない第三者から受領者に対して開示された情報
- 開示者の秘密情報を参照または使用することなく、受領者が独自に生み出した情報
秘密保持義務と例外
(1)条項の参考例 A:秘密保持義務
1. The Receiving Party shall keep confidential all Confidential Information, and shall not disclose or divulge it to any third party without the Disclosing Party’s prior written consent.
秘密保持契約の根幹は秘密保持義務です。秘密保持契約の中核的な要素である秘密保持義務の内容として、秘密情報について、受領者が秘密を保持することおよび第三者に開示または漏洩してはならないことが明確になっていることは非常に重要です(また、第三者への開示を開示者が承諾する方法も「書面による事前の承諾」(prior written consent)のように、明確化しておく必要があります)。
(2)条項の参考例 B:情報管理に関する措置
さらに、秘密保持義務の内容が具体的に合意されているかもポイントです。たとえば、開示者としては、特に機密性が高い重要な情報が開示される場合には、受領者に対して、上記の参考例Bのように、当該情報の秘密を保持するための合理的な措置を採ることを望む場合もあります。上記の参考例Bよりも具体的に規定する場合は、受領者内で開示された秘密情報にアクセスできる人数の制限やアクセス方法の指定等があり得ます(特に、M&Aの文脈で、競争法上のガン・ジャンピング規制の遵守を目的として秘密保持契約の関連契約として締結される場合がある、Clean Team Agreementなどでは詳細かつ具体的に規定されます)。
(3)条項の参考例 C:秘密保持義務の例外 ①
一方、秘密保持契約には、通常、秘密保持義務に対する一定の例外事由が設けられています。秘密保持義務の違反は、受領者に対する責任追及の機会を開示者に与えることになるため、特に受領者としては、受領した秘密情報の秘密を保持することが不公正または過度な負担とならないように、秘密保持義務の例外についても、明確性と網羅性の観点から、検討するのが望ましいといえます。
たとえば、受領者が法令や司法・行政機関の命令等により秘密情報の開示を強制されるような場合には、受領者としては当該秘密情報を、秘密保持義務に違反することなく開示できるようにしておく必要があります。一方で、開示者としては、開示される秘密情報の内容等について把握するため、法令等で許容される範囲内で、開示に先立って事前に通知をするよう要請することも考えられます。
(4)条項の参考例 D:秘密保持義務の例外 ②
また、場合によっては、潜在的な企業間取引の可能性に関する検討を秘密情報の受領者のみで行うことができず、当該受領者のグループ会社およびそれらの代表者、外部のアドバイザー等と、開示を受けた秘密情報を共有する必要があることもあり得ます。
したがって、受領者以外で、開示者の事前の承諾なしに、秘密情報を(受領者から)受け取ることを許容されている者(「許容開示先」)の範囲についても、秘密保持契約で明示的に合意しておくべきといえます 3 。一方で、開示者としては、秘密情報の漏洩や目的外使用は厳に避けたいため、法令上の秘密保持義務を負わない第三者への秘密情報の開示を許容する場合には、受領者に課されるものと同水準の秘密保持義務を許容開示先に負わせることを、秘密情報の開示の条件とするよう求めることもあるでしょう 4。
なお、多くの秘密保持契約には、一定期間(1~5年間)の有効期間が定められています。これは、企業の機密情報や重要な非公開情報であっても、ある程度の期間が経過した後には業界においても重要性や機密性が下がるものもあり、また、時間が経過するにつれて情報の管理を継続することも困難になる可能性があるためです。受領者としては、期限の定めなく秘密保持義務を負担することのないよう、秘密保持契約の有効期間についても注意を払う必要があります。
目的外使用の禁止
(1)条項の参考例:目的外使用の禁止
The Receiving Party shall not use Confidential Information for any purpose other than the purpose of evaluating a potential acquisition of the Party A by the Party B (the “Purpose”).
(2)ポイント
多くの秘密保持契約には、開示された秘密情報を使用できる特定の目的が定められています(たとえば、業務提携、共同開発や買収の潜在的な可能性の検討等)。言い換えれば、開示者としては、受領者は秘密保持契約で具体的に合意された目的以外に、開示された秘密情報を使用することはできないように担保しておきたいこととなりますが(目的外使用の禁止)、受領者としては、不必要に開示情報の利用が制限されないように、目的の範囲について吟味するのがポイントです。
秘密情報の破棄・返還
自社の機密情報や重要な非公開情報を開示した開示者としては、受領者に対して、これらの情報やその複製物の破棄または返還を要求できるように、秘密保持契約で合意しておくのが安全といえます。たとえば、投資案件の協議・交渉がまとまらず、秘密保持契約が有効期間の途中で解除された場合などには、デュー・ディリジェンスの過程で企業が投資家に開示した秘密情報については、速やかな破棄または返還をしてほしいと、開示者である企業としては考えるでしょう。
もっとも、実務上は、秘密情報の返還または破棄の具体的な方法については、実現可能性も含めて検討をする必要があります。特に、今日では、情報の開示の大部分が電子メールやセキュリティ保護のされたファイル共有システム、ヴァーチャル・データ・ルーム(VDR)等を経由した電磁的方法で行われることが少なくなく、そのような開示情報は、受領者側のバックアップ・システムに記憶され、容易に抽出することができない場合もあり得ます。
このため、英文の秘密保持契約では、通常の業務の過程で直ちに抽出することができない受領者のバックアップ・システムや災害復旧システムの一部を構成する情報については、具体的な対応方法を定めておくことも検討の余地があるケースもあります。
秘密保持契約と個人情報
開示者から開示される情報に、個人を特定できる情報(例:従業員や顧客の氏名、メールアドレス等)が含まれる場合、当該情報の取扱いに関しては、個人情報やプライバシーの保護にも留意をする必要があります。特に、近年、GDPR(EU一般データ保護規則)をはじめとして、各国当局の個人情報やプライバシーの保護に対する関心が高まっており、クロスボーダー取引を中心に、秘密保持契約においても、これらの個人情報やプライバシー保護の規制遵守について規定がされる場合もあります。
具体的には、開示者が受領者に対して個人情報を提供した場合、開示者または受領者は、データ管理者(Data Controller)またはデータ処理者(Data Processor)として、GDPRその他の個人情報保護法制に服する可能性があるため、当該情報開示の適法性および関連する個人情報保護法制の遵守を基礎付ける規定について、外部アドバイザーにも助言を得つつ検討するのが望ましいでしょう。
一方で、情報開示の実務的な対応として、開示に当該個人の同意が必要となり得る情報について開示請求があった場合には、開示者としても、当該個人からの同意取得の要否に加えて、自らの事業に生じ得る影響・リスクの程度や開示の必要性なども勘案し、開示を請求した当事者と、開示の是非について協議することになるでしょう。特に、情報開示の初期段階においては、すでに秘密保持契約が締結されていたとしても、上記の個人情報保護法制に関する検討には慎重を期する必要がありますので、個人情報に該当し得る情報が開示情報に含まれていないか、丁寧に確認することが推奨されます。
おわりに
このように、秘密保持義務を主たる内容とする比較的シンプルな契約類型と思われる秘密保持契約ですが、情報開示の目的としている(検討中の)企業間取引や、開示される情報の内容・性質、開示者・受領者のいずれの立場から検討するか、といったさまざまな観点から多角的に検討することが望まれます。特に、英文契約書レビューの際の重要な視点である明確性、網羅性と手続に十分に留意して検討することは、秘密保持契約にも当てはまるポイントといえます。
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実務上は、「秘密保持契約」の形式をとらず、企業間取引の可能性を検討する当事者間の初期的な合意(意向表明書(“Letter of Intent”(LOI))や基本合意書(“Memorandum of Understanding”(MOU))に秘密保持義務を組み込む場合もあります。この場合、当事者は、秘密保持義務に加えて、協議・交渉の対象となる取引の目的や基礎的な条件を確認したり、当該取引に関して行われるデュー・ディリジェンスについて合意をしたりします。 ↩︎
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特に、M&Aの文脈においては、買主が受領した買収対象会社に関連する情報は、当該M&A取引の完了後は買主の秘密保持義務の対象とならないことを明確にする場合があります。これは、当該M&A取引の完了後は、買主は独自の裁量で買収対象会社に関する情報を使用できるようにする必要があるためです(一方、M&A取引の完了後は、通常、売主による買収対象会社の情報へのアクセスは制限されます)。 ↩︎
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受領者としては許容開示先が網羅的にカバーされるよう抽象的または広範な文言を望む一方で、開示者としては、許容開示先の範囲を明らかにするため、許容開示先となる受領者のグループ会社(“Affiliates”)のリストを秘密保持契約の別紙として添付するよう求める場合もあります。 ↩︎
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クロスボーダー取引においては、受領者のアドバイザーに秘密情報を開示する必要がある場合には、開示者から当該アドバイザーへ直接開示が行われることも少なくありません。 ↩︎

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