経営者は労働法から逃げるな 『労働法で企業に革新を』著者に聞くDX時代に生き残る術

人事労務

目次

  1. 経営者も正面から労働法に向き合ってほしい
  2. 経営者は困難を乗り越え、社員に説明せよ
  3. デジタル化の進展が労働法制にもたらす変化
  4. 法務も職人的な仕事だけでは優位性を保てない
  5. ミドル層は生き残るために過去を捨てよ

AIが人間の雇用を奪う。

数年前から見聞きするフレーズだが、コロナ禍によって加速したDXの流れは私たちの雇用を奪っていくのだろうか。

そんな未来を人事部の視点から描いた書籍が『労働法で企業に革新を』だ。2018年から現在、そして未来へと時間軸を移しながら、労働法制の重要なトピックスが生き生きとしたキャラクターによって紡がれていく。

本書の世界が現実のものとなったとき、経営者、人事部、そしてすべての従業員に求められるものは何か。著者の神戸大学法学研究科 大内 伸哉教授に聞いた。

(聞き手:BUSINESS LAWYERS編集長 松本 慎一郎)

プロフィール
大内 伸哉
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(博士(法学))。神戸大学法学部助教授を経て、神戸大学大学院法学研究科教授として現在に至る。最近の著書に、本文で出てくるもの以外に、『人事労働法―いかにして法の理念に企業に浸透させるか―』(弘文堂)、『誰のためのテレワーク―近未来社会の働き方と法』(明石書店)、『解雇規制を問い直す―金銭解決の制度設計―』(有斐閣)など。

神戸大学大学院法学研究科教授 大内 伸哉教授

大内 伸哉教授

経営者も正面から労働法に向き合ってほしい

『労働法で企業に革新を』はどのような背景で執筆されたのでしょうか。

この本は2016年に発刊された『労働法で人事に新風を』の続編です。

当時、小説仕立ての法律書を研究者が書く例はあまりなかったと思います。現実に労働法を使う人を想定して解説書が書けたら面白いだろう、読む人が身近に感じてくれたらいいなと思ったのです。

想定した読者はどういう方だったのでしょうか。

経営者や労働法に興味がある人事部の方を想定して書いています。でも、弁護士や社労士のような法律のプロの方にも楽しんでもらえればと思っていました。

もともと編集者からいただいたリクエストは、「経営者が東京から大阪までの出張の際に新幹線の中で読み終えられる本」でした。一般的に、労働法に関する経営者向けの本は、どうやって労働法を出し抜くか、潜脱できるかという視点が多いのですが、本書ではそういう視点をあえて否定しています。

私は、労働法から逃げずに正面から向き合って、労働者も企業もWin-Winになる道があるのではないか?という考えを持っています。

本書の中に、目先の仕事にすぐに役立つマニュアル的な情報は入っていません。労働法の理念、原理を理解したうえで、それらを活用する方法を、この本からつかんでほしいと思っています。それをやらないと研究者の私が書く意味がありません。

経営者は困難を乗り越え、社員に説明せよ

本書の中の「困難を乗り越えるのが人事」であるという一節に胸を打たれました。社員にとって不利益になる制度の変更をはっきり伝えない人事部長に対して、主人公の美智香が「社員を不安にさせないようにという配慮は、社員に優しいようで実は社員のためにならない」とコメントしていましたよね。私自身、マネージャーとしてメンバーと向き合う身ですが、困難を乗り越えないといけない場面に日々向き合っています。経営者、人事には逃げないでほしいものだな、と思いながら拝読しました。

私のメッセージが伝わって嬉しいです。

経営者や人事にとって大事なのは、社員に対して甘い言葉や優しい言葉をかけることではありません。社員に厳しいことを伝えないといけない場面であっても、納得してもらい、困難を乗り越えなくてはいけない。

たとえば、経営環境が変化して、賃金の不利益変更をせざるをえない場面があったとします。

そういうとき、不利益変更をしないといけない理由、必要性をちゃんと伝えるのです。納得できれば従業員はついてきます。ところが、多くの会社では「自分たちには人事権がある」「経営者が決めたことだから社員は口を出すな」と言いがちです。

そんなことになってしまうのですね。

私は兵庫県労働委員会の公益委員としてさまざまな紛争を見てきました。紛争が起こる原因は、だいたい労使双方にあるのですが、とくに経営者の説明不足に起因するものが多いと感じています。

経営者が横着していたり、社員に対して高圧的な態度を取っていたり、本当のこと言わなかったりなど理由はいろいろありますが、本書には経営者に対して「ちゃんと説明してもらいたい」というメッセージを込めています。

『労働法で企業に革新を』

『労働法で企業に革新を』

デジタル化の進展が労働法制にもたらす変化

私が拝読していて一番ショックだったのは、DXの先にある人事部の姿です。強烈なストーリーでした。

2017年に弘文堂から『AI時代の働き方と法』という本を出版しました。「2035年の労働法を考える」というサブタイトルがついています。この本の中では、「AIによって人間の仕事が代替されて解雇の問題が発生する。解雇法理は雇用を必ず守るものではない」という話も書いています。この話を本書ではストーリーに落とし込んだのです。

今後、定型性の高い業務はAIによって代替されていきます。人事部などのバックオフィスはなくなる仕事の典型です。

日本の人事制度は長期雇用を軸として成り立っています。人事部の仕事も、そのことを前提としています。しかし最近話題のジョブ型雇用が浸透した場合、労働市場から専門的な人材を調達し、細かい契約を結び、成果に応じて報酬を支払うことになります。長期雇用というよりも、短期的なマッチングの必要性が高まります。ただ、その分野になると、人間よりも、AIで出来ることが多いのです。

そういう観点が私の頭の中にはあって、DXが進めば仕事がなくなりリストラ対象になると書いています。突拍子のない話のように聞こえるかもしれませんが、リアリティのない話ではありません。

デジタル化が進めば一部の仕事は代替されると思いますが、大量に人が解雇される状況はなかなかリアルに想像できません。

デジタル化は世界中で起きていますが、意識の変化が遅いという点で日本が一番危ないと私は思っています。

日本型雇用システムというのは、世界のなかでも独特のものです。企業が、新卒者をいきなり正社員として採用して、安定した雇用と賃金の下に育成していくというようなシステムがあるのは先進国の中でも日本くらいです。外国の労働者は、もっと自分でキャリアを切り拓いていくという意識が強いです。

労働組合が企業別で組織されている日本では、労働組合は企業と協調的な関係にあり、企業の要求にある程度、理解を示す反面、正社員の雇用を守ることについては頑として譲らなかったのです。しかし、今後、AIやロボットとの競争というなか、労働組合に安定した雇用のための防波堤としての役割を期待することは困難となるかもしれません。日本型雇用システムが正社員にとってきわめて強力な安全弁として機能してきたので、それが崩壊すれば、以前とのギャップはとても大きく厳しいものになります。

解雇法制が変わっていく可能性もあるのでしょうか?

現在の解雇法制は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用となり無効」という規定になっています。

経営上の必要性から行われる解雇については、裁判例上、①人員整理の必要性、②解雇回避の努力、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という4つの要素を総合的に考慮して、その有効性が判断されます。

今まで、②の要素が重視され、企業には解雇回避の努力が強く求められてきました。裁判では「他の手段があるなら雇用を維持しなさい」と言われ、なかなか解雇が有効にならなかったのです。

正社員はこのような制度によって地位を守られていたのですが、DXが進んで仕事がデジタル仕様に変わってきた場合、労働者がそれに対応するスキルを持っていなければ、経営者が解雇を回避したくてもできなくなります。そうなると、裁判所も、解雇回避が不十分とは言いづらくなるでしょう。

これは今までにない問題なのでしょうか。

1980年代にマイクロエレクトロニクス革命が起きました。製造機械の制御部分にマイクロエレクトロニクスを組み込むことによって、従来は人間により行われていた作業を再現・自動化する機械体系が普及し、失業が増えると言われていました。しかし実際は、企業内の教育訓練によって配置転換が行われ、失業は増えませんでした。

ただ、80年代と今とでは変化のスピードが違います。教育訓練は時間がかかりますし、今習得したことが5年後に役立つかはわかりません。

また、ビジネスモデルも根本的に変わっていきます。たとえば自動車メーカーは情報産業に変わっていこうとしています。そうすると同じ自動車でも作り方が変わり、求められる人材、スキルが変わってきます。

そのような変化が進んでいくと、解雇法制が前提とした、「企業はできる限り雇用を維持して内部で人材を使いこなしなさい」という考えが成立しにくくなります。

日本の安定的な雇用システムが機能し、社会的なスタンダードになっていた時代には、解雇権濫用法理により、解雇を制限することは当然とされていました。しかし、この法理は「権利濫用」論によるもので、本来、弾力的なものなので、時代に合わせて変化していくのです。社会や技術が変化すれば裁判所の判断も変わっていく可能性があります。

企業が解雇回避をしようとしても、その労働者にやってもらう仕事がないとなると、解雇回避にも限界があります。そうなると解雇が有効になってもおかしくない。労働者は覚悟しないといけません。

法務も職人的な仕事だけでは優位性を保てない

最近はAIによる契約書のレビューサービスも多く出てきています。新しい技術が台頭する中、契約業務を担う法務人材はどうすれば生き残ることができますか?

AIは手段にすぎません。人間の仕事をAIにサポートしてもらえれば、仕事を効率化できると思います。

たとえば、AIの画像認識機能により放射線画像から癌を発見する精度はすごく高くなりました。医師の仕事は、AIの下した診断結果に対して、患者に丁寧に説明したり、悪い結果のときに不安を和らげたりすることが中心になるのではないかと思います。

AIが代替できない感情的な部分、つまり従来なら医師の専門性を発揮する部分ではないとされていた仕事が求められているわけですね。そこに対応できないと医師も仕事を失うことになるかもしれません。

これは弁護士や法務の方も同じだと思います。人間と人間の関係における感情的な部分に関係するような、人間にしかできない仕事が求められるようになっていくでしょう。

今まで価値があると思われていた、職人的な仕事はAIに代替されてしまうのでしょうか。

職人的な仕事は、一見、AIには代替できないような気がします。たとえば上手に茶碗を作るような匠の技であっても、モーションキャプチャでデータ化すれば記録として残すことができ、再現も可能です。

そうなると、たとえ後継者がいなくても心配はありません。人類にとっても良い話です。ただ、こうしたハイスキルの人の仕事もAIでできるというのは、働く側にとっては脅威でしょう。自分のスキルや経験の蓄積、直感などで生き残っているベテランは、自分の仕事がデジタル化され、優位性を保てなくなる可能性があるからです。

優位性を保てなくなり、変化に対応できない方には厳しいですね。

企業は、デジタル化を進めるときには、同時に、アナログ仕様でスキルを磨いてきたベテランをどう処遇するか考えないといけません。

本人がうまくデジタル対応してくれればいいのですが、年齢を重ねると難しくなっていくものです。切り替えがうまくいかない場合、十分な生活保障をしたうえで辞めてもらう方が、本人にとっても会社にとってもいいかもしれません。世間で言われる解雇の金銭解決にもいろんな考え方があるのですが、私たちの提唱している解雇の金銭解決では、企業が被る労働者の損害の補償をしなければ、解雇できないとするものです。

今は、早期退職制度を設けて退職金の割増をして退職を促す企業も多いですが、私は、いま述べたような解雇の金銭解決を認めて生活保障を制度化するのはどうかな、と考えています。解雇を誘発するとして反対されることも多いのですが、これは企業に負担の重い方法でもあるので、制度化することで、結局は解雇の抑止にもつながると思うのです。

ミドル層は生き残るために過去を捨てよ

本書ではデジタル化の流れの中で、人事部長が悲惨な状況になっていきます。日本のミドル層の行く末を案じしているように思いました。

変化が大きくなったときに一番危険なのは、40代から50代くらいの逃げきれない世代です。60代以上の方はギリギリ逃げきれますし、20代や30代は新しいものに対応できるフレキシビリティがあるでしょう。

年齢を重ねていくと、今までのやり方が染み付いてしまいなかなか変われなくなります。本書で描いた人事部長は、新しい考えについていきたいけれどもついていけない、という悩みを抱えています。

今後、ミドル層が生き残っていくには何が必要でしょうか。

まず危機感を持つことです。そのうえで、AIができることとできないことを見極めて、AIができないことに取り組まなければいけません。そこにはAIをうまく活用するということも含まれます。

また、技術の発展に伴い仕事自体がなくなる可能性もあるので、アンテナを広く張って情報を集め、想像力を働かせることが大切です。安定はないという意識を常に持つことが重要です。

ミドル層の方にこういうことを言うと、「それじゃ答えになってない」「もっと具体的に言ってくれ」とおっしゃるのですが、そういう態度が危険なのです。「これをやれば大丈夫」という安易な話には気を付けたほうがよいです。そんなにわかりやすい答えはありません。

今から5年後の未来を予測しようとしても、状況はまったくわからないわけです。国際経済や環境問題、デジタル化など多くの変数が関係する状況なので、今の延長線上に未来があると思ってはいけない。

時代が変化していくときには、過去にしがみついてはいけないのです。厳しい言い方かもしれませんが、いかに未来志向でいられるかが大切です。本書にはそういうメッセージも込めています。

(取材・文・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

労働法で企業に革新を
  • 労働法で企業に革新を
  • 著者:大内 伸哉(神戸大学大学院法学研究科教授)
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 出版社:商事法務
  • 発売年月:2021年5月

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